日本では、「人様に迷惑をかけないように」としつけられることが多いような気がしますが、

インドでは「 あなたはたくさん人に迷惑をかけて生きるのだから、

迷惑をかけられても許すのです」とお母さんに言われるそうです。

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「迷惑」という言葉のニュアンス等、文化的な差異はあるかもしれませんが、

「迷惑をかけないように」という子育てよりも、私は良いなぁと思いました。

 

 

腦は否定形を理解できないので、「人様に迷惑をかけないように」と言われると、

「迷惑」という言葉ばかりが頭に残ってしまいます。

 

繰り返し「迷惑を…」と言われると、

自分自身が迷惑なんじゃないかと認識してしまうこともあるかもしれません。

私はそうでした。

私自身が迷惑な存在で、

人様に奉仕したり役に立っていないと、生きていることすら許されないような気がしていました。

深く深く罪悪感を生む言葉なのかもしれません。

(あくまで私自身の例ですし、他の原因も多くあったと思います)

 

 

また、「~をする」というのはストンと心に入ってきますが、

「~をしないように」はやっぱり否定的なので、妙な引っ掛かりと緊張感を伴います。

例えば「廊下は走るな」よりも「廊下は静かに」の方が素直に受け取ることができそうです。

 

 

「迷惑をかけないように」と心掛けて生きている方は、

人に何かをお願いしたり、甘えるのが少々苦手な気がします。

(私も練習中です)

どこからどこまでが「迷惑」なのかは人それぞれの価値観なので、

大きくとらえてしまうと、人と関わることをとても難しくしてしまうように思います。

 

 

「迷惑をかけないように」と生活していくよりは、

「愛や幸せを与えるように」と意図した方がずっと自然なのではないかと思います。

自分自身が幸せで、相手にも愛や幸せを提供しようとしている人が、

相手に迷惑をかけたり不快な思いをさせることができるでしょうか?

 

もしかしたら相手によっては受け取ることが苦手だったりして、

上手に受け取ってもらえないこともあるかもしれません。

そのために「傷つけられた」と思うような反応を受けるかもしれません。

でも、それはその人の価値観や生き方なので、

「そういう人なんだなぁ」と受け取ると楽ですね。

与えた時点で「結果を手放す」、これも大切なコツだと思います。

 

 

しつけや幼少期からの習慣を変えることは簡単ではないかもしれませんが、

少しずつでも癒したり、違う方法を知り実践していくことで、

今までよりもずっと幸せで楽な生きたかを選択することも可能だと思います。

 

 

与えることが得意になると、自然と受け取り上手になって、

想像もできなかったようなギフトを受け取ることが多くなっていきますよ。

 

photo credit: drp via photopin cc

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