私は自分で「条件付きの愛」を与えられながら育った子どもだったと認識しています。

「いい子」にしていれば、穏やかに暮らせるけれど、

家族の機嫌を損ねると、大変なことになる…

そんな緊張感が常にある家庭でした。

 

 

「いい子でいれば、愛される」と思っていたので…

行動や努力は評価されるけれど、

私自身は無価値で愛されるに値しない人間だと信じていました。

 

私自身は「愛」なんかではなく、

いつも心は空っぽでした。

愛(愛のようなもの)を得るために、

必死に努力したし、少しのミスでもGAME OVERになってしまう、

恋愛でも人間関係でも常にそんな緊張感の中で過ごしてきました。

だから「安心感」というものが分からず、憧れさえ抱いていました。

 

 

自分の心が空っぽだと思っていると、

自分と同じような相手を引き寄せたり、

同じような相手に魅かれることが多いようです。

そして、愛を得ようと努力しても、決して得られることはありませんでした。

(愛は奪い合うものではないと、気づきませんでした)

 

 

癒されていくことで、

「自分は愛されるに値しない人間だ」という思いを訂正していきました。

愛は自分の内側に灯っているということを知り、

(ずっとずっとそこに在ったことも)

そのことを認めることが出来るようにり、

自分を少しずつ愛することができるようになりました。

大切にすることができるようになりました。

 

 

自分の内側の「愛」があるのなら、一人で生きていくことが出来る…

そういうことではありませんでした。

 

自分の内側に「愛」をみることができるようになると、

目の前の相手の「愛」にも気づき、

受け取ることができるようになっていきます。

そして愛を育むことできるようになります。

 

 

愛を受け取りたい、

愛でいっぱいだということに気づくためには、

自分の中の「愛」に気づくことが大切です。

 

 

また幼少期の家庭の状況で、

「私は愛されなかったから」

「親のせいで、私は幸せになれない」…

そんな風に決まっていることではなく、

知らなかったことは学ぶこと(思い出す)ができるし、

自分で違う選択をし、

違う「今」に生きることができるようになるということを、

今日はお伝えしたいと思いました。

 

私自身、長い間、親のせいにして自分が幸せになることを先延ばしにしてきたので。

 

 

過去のエピソードは変わりませんが、

エピソードにまつわる辛い感情、

エピソードにより行った決断や定義(私のように”自分は愛されるに値しない”等)を

変えることはできます。

 

 

ただ…ずっと「愛」に気づかないで過ごしてくると、

昔の癖で、ついつい外側に愛を求めたり、

「形」を欲しがってしまうことがあります。

でも、練習をしていくことで、

また「愛」を選択すること、気づくことが上手になっていきます。

 

 

久々に愛の形を求めて、少々不安定になったので、

自分の過去を振り返りながら、自戒もこめて書かせていただきました。

 

まだ寒い日が続いていますが、どうか素敵な週末を過ごされますように。

ハートの花