「1+1=2」と教わった頃から、
お菓子もお金も…
誰かに与えることは、
自分の取り分が減ることだと思うようになりました。

 

誰かに与えることは犠牲を伴うもの…
アンパンマンのように身を切ることなのかなと信じていました。

 

そして、そう信じていると…
(信念が現実を作るので)
与えれば与えるほど、どんどん疲弊していきました。
それでも、「私が犠牲になることで、幸せになる人がいるのならいい」と考えていました。

 

でもでも、「それ、本当??」

 

目に見えるもの、触れるもの、数えることができる明確なもの…
それだけが現実であり、真実だと思っていました。

では、「愛」「希望」「喜び」「幸せ」…
目に見えない、触れることもできない、曖昧なもの、でも確かに存在するもの、
それらも、与えれば与えるほど、失われていくのでしょうか?

 寄り添う二人

愛は、与えれば与えるほど、
どんどん増えて拡がって…
与えられた人も、
そして、自分自身も満たしてくれるものだと気づくようになりました。

そう、愛は分かち合うものなのでしょう。
数えることも触れることもできない…そうそう、愛に限界はないのですから。

 

そんな風に想い(信念)が変わると…

愛を
探しに行く必要もない、
奪い合う必要もない、
確保しておく必要もない
頑張る必要もない…そんなことに気づきます。

ずっと愛を求めて奔走してきた私にとってこの発見によって、
解放感でいっぱいになりました。

愛を与えても疲れることなど全くなく…
愛も幸せも喜びも分かち合うほど増していき、
お互いを満たしていくものだと実感しています。

だから、私が犠牲になる必要などなかったのだと気づきました。

 

ちょっぴりでも大丈夫です。
愛は足し算でも引き算でもなくて、
どんどん拡がっていく無限なものだという想いで、
日々を暮らしてみてください。

ちょっぴり人が優しく見えたり、
なんだか心が軽く感じたり、
自然と笑顔が増えていたり…そんな変化を楽しんでみてくださいね。