何歳になっても…
「甘えたい!」
と、思えることは素敵なことだと思います。

 

「甘えたい!」と思えることは、

あなたが素直でキラキラしている「こころ」を認めている証拠、
「安心安全」だと思える場所があるという「幸せ」、
ありのままを受け入れてくれる「心を開ける相手」が居るということ…

なのだと思います。

 

そんな「今」を、ぜんぶぜんぶ「ありがとう」と感謝して受け入れることは、
あなたがあなた自身を愛すること、
「甘えたい」と思える居場所を作ってくれる、愛を与えてくれる「大切な人」を愛すること…
それは、もっともっとあなた自身が幸せになること、
周りの人にももっともっと幸せが拡がっていくのでしょう。

 

 

甘えてもいい

 

少し前に、「私、子ども返りしているんじゃないかしら」と思うくらい、
特定の安心できる相手に対して、
甘えたり、妙に幼い態度になってしまう自分に気づきました。

 

少し不安になって、信頼のできる先輩カウンセラーのお二人にご相談したら、
同じ答えをくださいました。

「そのままでいいよ~。どんどん甘えて大丈夫だよ。子どもっぽくてもOKだよ」

と、仰ってくださり、なんだかほっとしました。

 

振り返ると…幼少期には甘えることのできない家庭環境でした。
(少なくても子どもの頃の私は、そう思っていました)

大人しくしていないと、怒られる。
甘えたって、受け入れてくれない。
しっかりしていないと、認めてもらえない。
私が早く大人になって、家族を守らなきゃ。

そんな風に考えていたので、
こってり甘えるということ、自由に遊ぶということをあまりしなかった、
そういう方法を「知らなかった」から、経験していなかったように思います。
「子どもらしい」時期がすっぽり抜けているような感じだったと思います。
(アダルトチルドレンだったとも言えるのかもしれません)

 

大人になって、子どもの頃に決めたこと(大人しくしないと怒られる等)は、
もう必要なくなっているのに、ずっと頑なに守り続けていたのかもしれません。
だからかなんだかいつも息苦しくて、生き辛さを感じていました。

 

「甘えたい」と思えること…
きっと「甘える」という選択肢すら気づかなかった私にとっては、
不要な決め事や定義を手放して、いろんな「わたし」を許可していくことで、
自分を縛っていた「愛されるための決め事」のようなものから解放されて、
すっぽり抜けていた「子どもらしい」時期を取り戻そうとしているような、
止まっていた時間が動き出したような感じがしています。

 

とはいえ、「いい大人なのに、そんな幼稚なことをしてて大丈夫なのか」
そんな風に自分自身を裁く思い(ジャッジ)がわいてきたりもしたわけですが…
感情を感じ切ると癒されていくように、
内側からわいてくる思いを抑えたりジャッジすることなく、眺めるように心がけました。

 

「甘えたい思い」を自由にして眺めることで、どのような変化があったかというと、
○少しずつ「甘えたい思い」が落ち着いてきている
○周りの人の言動に対して、許容範囲が拡がった
ように、感じています。

 

自分自身を厳しくジャッジすることが減っていくと、
他人をジャッジしたり批判することも確実に減っていき、
イライラするなどの心の波が立たなくなってくることを実感しています。

 

「甘えたい思い」をOKし、
止まっていた「子どもらしい」時期を、遅ればせながらも過ごすことで、
退行するということではなく、
「こころ」も、より成熟されていく…そんな風に感じています。

 

だから、もしも「ずっと我慢してきた」生活を送ってきた方が、
安心できる場所を見つけた時に、
「甘えてしまったり、なんだか幼くなってしまった気がするけど、大丈夫かな?」
などと不安にならなくても大丈夫です。

 

逆に「ずっと我慢する」生き方を選択してきたパートナーが、
妙に子供っぽくなったと感じているような方も…
パートナーさんがきっとあなたのことを心から信頼しているということであり、
「成長の過程なんだなぁ」
という風に、優しく見守っていくことで、
お互いもお互いの関係性も成熟していくのかなと思います。

 

「甘えたい自分もOK」

少しずつでも、どんな「じぶん」も認めることで、
自分への愛、そして大切な人への愛が深まっていくのだと思います。