「べき」から見る景色

「正しさ」を基準に生きていくならば、敵ばかりに出会うでしょう。
それは、自分の「正しさ」を示すために。

 

「常識」を大切にするならば、迷惑な人ばかり目につくかもしれませんね。
それは、自分が「常識」的であることを確認するために。

 

こうある「べき」を強く持つことは、
自分自身を拘束することであり、
他人を裁き続けることであり…
どちらも不自由であり、苦しさを伴うことでしょう。

色のついた石

 

自分自身が「ありのままに生きられない」、「なんだかいつも緊張している」、「不安ばかり感じている」…
もしくは、「他人の行動にイライラしがち」、「人間関係のトラブルが多い」…
そんな風に感じる時には、
ご自身にもしくは周囲の人に、「~べき」を課していないか振り返ってみることも方法の1つだと思います。

 

まずは「べき」から見ている…ということに気づくことが大切です。

どんな「べき」を持っているのでしょう?
特に強く、こうある「べき」と裁いていることは、どんなことでしょうか?
…などなど、ご自身の「こころ」を振り返ること、
そして、日常の中で「べき」とジャッジした瞬間に気づくことも重要です。

 

「~するべきなのに」って思ったことに気づいた次のステップは…
認めること。

「~すべきって思う”べき”じゃないのに」とご自身を責めるのではなく、見守るように、ただ「気づいてあげること」が認めるためのコツです。

認めるということは、肯定することでも否定することでもなく、
「あ~、私、”~するべきなのに”って思ったなぁ」
そんな風に気づいてあげること、ご自身の想いを見てみる振りをすることなく、眺めてあげること。

そして、その「べき」を持ち続けるかどうかを選択する…
そんな風に、ご自身の「こころ」を見守っていくと、
少しずつ「べき」から自由になっていくことに気づかれると思います。

 

「~べき」はレッテルで彩られた色眼鏡のようなもの。

外すたびに、自分自身のことも相手のことも「ありのまま」出会うことができるようになっていく…
そんな風に思うと、「自分の心を見ながら”べき”に気づく練習」も、楽しみに感じることが出来るかもしれませんね。

 

投稿者プロフィール

藤原 加都江 
藤原 加都江 心理カウンセラー(精神保健福祉士)
豊橋カウンセリングルームの他、近隣地域でのカフェカウンセリングや訪問カウンセリングをご提供しています。またスカイプ等のオンラインカウンセリングにも対応いたします。(H30年に公認心理師試験合格)

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