先日、お休みをいただいて、少し遠いところまで出かけてきました。
様々な人、場所、空気、美味しいものに出会うことができました。

 

野山を歩く機会もあり、道端の花々にも出会うことができました。

野花1

どの花々も、それぞれに美しさ、可憐さがあり…
嬉しい気持ち、そして感謝の気持ちが湧いてきました。

 

魅かれるお花にはなんとなく傾向があったりします。
柔らかな色が好き、ふんわりした形が好き、見たことのないお花だから気になる…などなど。

またはその時の気持ちや、普段の環境によって…癒しを求めていたり、華やかさを求めたり…
そんな風に「好き!」と思う花は、人それぞれで…その時の気分によっても様々なのかもしれませんね。

 

でも、それは想う「わたし」の好きか嫌いか、求めるか求めないか…ということで、
そのことが、その花の「価値」を決めるわけではないのだと思います。

神社の花

「嫌われたくない」
「どんな風に思われているんだろう?」

周りの目や評価を気にすることがあります。

「あの人に嫌われた…私には価値がないからだ」
「誰も私を認めてくれない」

たくさんの辛い気持ちが湧いてくることもあります。

 

でも、誰かに「わたし」の価値を決めることなんてできないし、
誰がどんなふうに思ったとしても揺らがないことがあります。

 

あなたは、あなたのままで素晴らしいのです。

 

ひまわりが薔薇に劣るということはありません。
スズランがピンクの花を咲かせようと頑張ることもありません。
ジャスミンが好きな人が居て、菊が必要な場所があって…
好かれることも、必要とされることも、そのお花の素晴らしさとは関係のないこと。

それぞれの場所で、それぞれで在り続けること…そのままで素晴らしいのです。

野花2

人間だから落ち込むことも悲しい気持ちになることもあります。
自分や相手を責めてしまうこともあるでしょう。

 

できればそんな時にこそ、
「私は私のままでいい」
そんな風に、思い出していただけますように。
思い出すことができますように。